夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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花菖蒲と蜘蛛

花菖蒲と蜘蛛


菖蒲の蕊に細い蜘蛛。

手足も細くて、胴も細い。
消え入りそうな細い蜘蛛。

大きな菖蒲のたくましい蕊に
そっとよじのぼっていた。

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雨の日、楽し

わたしは雨の日もまた大好きです。
――勝手ですが、出かけるとなると、事情は多少違ってきます。

出かけるときでも、基本的には雨は好きです。
ただ、気合を入れなければならない仕事などで「一張羅を着た方が良いかも」という時は、
雨は苦手です
それから、靴が古くなってしまって、水が入り、
一日ぐしゃぐしゃした足でいなければならないのは、苦手です

だけど、雨の日は歩いている人が少ないので、外にいながら一人でいるような気分になれます。
ざあざあ降っていると、歩いている人も傘の中に引きこもるので、誰もが一人でいるように思えてきます。
ゆっくりした気持ちになります。

ただこれも、雨だろうと何だろうと人が多い都心のようなところでは、愉快ではないでしょう。
傘は広がってぶつかるし、傘から落ちる雨滴を避けるのも人にかからないようにするのも、至難の技です。
そういう場所では仕方がないです、我慢します。

でももし、近所に買物に行くくらいのことで、一張羅を着ていないのなら――
雨降りの日の外出がもっと楽しいものになります。

少しくらい雨が吹きこんでも気にならないので、空想にふけったりします。
晴れの日よりも内に気持ちが向くのでやりやすいし、
すれ違う人の顔が傘で隠れているので集中しやすいです。

「雨雨降れ降れ、かあさんが♪」の歌を密かに口ずさんで、
足取り軽く歩くこともできます。
さすがにスキップはしませんけれど。

ときには「Singing in the rain」をハミングすることもできます。
口ずさむのではなくハミングなのは、歌詞を知らないからです。
「Singing in the rain」の部分しか分かりません。メロディをハミングします・・・・・・
ジーン・ケリーが、雨の街で傘を小道具に歌って踊った名曲。

梅雨なら、道端の草花でさえ、雨を浴びて一層美しさと輝きを増します。
通りすがりのよそのお宅の庭に咲く花も、道や駅に作られている花壇も、
みんな雨を浴びて生き生きとします。
それらを愛でながら歩くのもまた楽しいことです。

大雨ならどこかで雨宿りするのも不思議と楽しいものです。
「雨に降りこめられている」という感覚を存分に味わうことができます。
急いでいるときではそんな余裕はありませんけどね。

お気に入りの傘に雨粒が当たる音。
見上げると傘の模様が目に心地よい――そんな楽しみもあります。

ですが、わたしの場合、気に入っている傘というのは
おうおうにして置き忘れられる運命にあります。
そのため最近は500円傘ばかり持ち歩くようになってしまい、
「お気に入りの傘」の楽しみは減りました。

長靴を買ってやったら、気に入ってしまい、雨が降ると水たまりをピチャピチャはねかす、
と小さなお子さんのいる方が言っていました。
まだ傘はさせないから、雨カッパを着せているそうです。
もう子供のように水たまりをピチャピチャ、とはできませんが、水たまりは面白いです。
避けて通ったり、またいだり、跳ねるようにしてまたいだり、浅そうなところをそっと踏んでいったり。
履いている靴によってはあまり愉しくないことになったりもしますが。

全部が全部というわけではありませんが、雨の日でも愉快な日もあります。
できるだけ楽しみたいものです、どうせ毎日のように降る季節なのですから。

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正福寺のあじさい

正福寺のあじさい


お寺の砂利道、歩いていくと、
あじさいの花が咲いていた。

白いあじさい、しとやかに。

昨日の雨に湿った砂利道。
昨日の雨を吸い込んだ葉。

曇り空の白いあじさい、
ただ一人だけ生き生きと。

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森に行こう

森に行くと言ったら、春のハイキング、夏の木陰、秋の紅葉や落ち葉や実り、
そんなものを思い浮かべます。

ことによると、冬の森を思う人もいるかもしれません。
葉が落ちた森を、日差しを浴びながら歩くのもいいものです。
常緑樹の静けさの中を歩くのも心休まるものだし、薄く積もった雪も心楽しいものです。

今は、そういった季節ではなくて、梅雨です。
けれど、梅雨の森も瑞々しく、そして静かで、心地よいものでした。

その瑞々しさは、若葉の瑞々しさとは違いました。
葉はもう緑も濃くなり、厚みも出て、大きく茂っています。
けれど、たっぷりの水を吸い込み、空気中にも水分がみなぎっているので、潤っています。
その潤いの瑞々しさなのです。

それから静かでした。
夏には、もっとたくさんの人が歩くでしょうし、
そのときは輝く陽光で気分も高まっています。
でも今は、人が歩いていても静かに思えます。
それは、空気が湿っているので喧騒を伝えにくいからかもしれません。
緑の色の麗しさと、木立の下の静けさで、とても気持ちよく感じられました。

呼気が気持ちよくて、静かな高揚を感じました。
まだ蚊もいなくて、暑すぎもせず、ほどよく汗をかいて、充実した心持になりました。
住んでいるところからは、電車を乗り継いだりして、1時間弱かかりました。
でもそれくらいでこんなに緑を満喫できるのだから、満足です。

森林は人間と共生しています。
雑木林などは、人間が下草や下生えの調整をしないと滅んでしまうそうです。
自然は何もしなくても勝手に営みを進めてくれそうな気がしていたので、意外です。
もし、人間が森の手入れをしなくなったら、森の様相は変わってしまいます。
立ち枯れてなくなってしまうかもしれません。
そうなると森に依存して生きている虫たちの生態系はどうにもなりません、
滅んでしまいます。

あまりに長いこと人間と共生してきた日本の森にとって、
人間の存在は悪いばかりではなく、必要もあるのですね。

「絶滅しそうな動物がいるのも、動物の住める土地が少なくなったのも、人間のせい」
と単純に考えてきましたが、
自然は複雑、地球はそんなに器が小さくないものだと反省させられました。

普段、体力が落ちているわたしにとって、このくらいの森は充分大きなものです。
せっかくなので、時々は訪れて充電したいと思いました。

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かもの親子

かもの親子

池のまんなかの葉陰で、よく休んでいます。


かもの親子

12羽いたときのお母さんは、堂々として見えました。


かもの親子

ときどき、池を離れてお散歩に行きます。


かもの親子

見ていると、冒険好きな子もいれば、おとなしい子もいます。


かもの親子

ここは安全な場所。
池の真ん中なので、猫はやってきません。
枝や草が張り出しているので、カラスに見つかりにくいところです。


かもの親子

世の中は危険がいっぱい。
全部巣立つことはできないけれど、今を精いっぱい。

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雨に咲く花

雨に咲く花は美しく、暑く厳しい夏が来る前の落ち着いたひとときを醸し出します。
紫陽花、菖蒲、つゆ草、どくだみ、あやめ、
いずれも雨滴を葉に戴いているとき、最も美しく見えます。

青い色の系統が多いのはなぜなのでしょうか?
この雨の季節には、確かに青が似合いますけど――

紫陽花の花が大好きなので、時季になったらどこかに見に行きたいと考えていました。
けれど、雨がよく降る季節になってみると、
通勤や買物の途中でもよく見かけることに気づきました。
遠くまで出かけなくてもあちこちに植えられている植物なのですね。
そういえば、わたしの実家にもあります。
普通に一株くらいはあるものなのかもしれません。
ですから、遠出をしなくても目を楽しませてもらえます。

菖蒲やあやめとなると、あまり見かけません。
やはり湿地でないと育たないからでしょうか。
子供の頃、家の裏庭には水が流れていて、あやめが数株咲いていました。
ですからあやめは懐かしく、大好きです。
大人になってから菖蒲の美しさにも惹かれるようになりましたが。
季節を告げて咲くあやめ――家に咲かせるには難しそうですが、
いつかそういうところに住んでみたいです。

つゆ草は、庭に咲いている紫の花と、道端に咲いている青い草花と、
どちらを言うのか知りません。
わたしにとっては、どちらもつゆ草と思えます。
あの道端に咲く青い草花の方は、とても好きです。あの深い青の色合いが。
深みがある青ですが、澄んだ綺麗な青で、目に鮮やかです。
小さい控え目な花ですが、色がはっきりしているので目にとまります。
今の生活ではあまり見かけません。残念です。

雨模様の日は、雨の中で生き生きと花たちが咲くので、心楽しい気持ちになります。
やはり、梅雨の花は雨がないとその美を存分に発揮してくれません。

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紫つゆ草

紫つゆ草


梅雨への予感を感じさせるのは、紫の花、青い花。

明るく輝く初夏の後で、
本格的な夏が来る前の小休止。

雨に降りこめられた季節が来ることを予感させる、
紫の花、青い花。

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紫陽花とカシニョール

M.Eさま

M.Eちゃんが言ってる紫陽花って、もしかしてガクアジサイ?
水色や赤紫の花が周辺部に咲いていて、中心はツブツブしかないやつ?
ガクアジサイだとしたら、あれは周辺の花状のところはガクなの。
中心のツブツブが花。咲いた状態も蕾みたいなの、確か。
だから沢山の粒が出てきた時、最高に咲いてたんじゃない?
紫陽花、見に行ったんだよね、鎌倉に。どうだった?
いいなあ。わたしも紫陽花見に行きたいんだけど、行けずに終わりそう。
今年は紫陽花が綺麗でいい夏だわ。紫陽花って好き。
枯れるときは惨状になるから見苦しいけど。

菖蒲はわたしも大きいから前はあまり好きではなかったの。
あやめの方が大好きだったのね。
でもものすごく前に京王百花苑に行ったら菖蒲の季節で、
その美しさに虜になったの。
今は京王百花苑て、なくなっちゃったんだってね。残念。
近場で見に行きたくて、明治神宮も綺麗だっていうから
今度行きたいと思いつつ、今年も時期が終わりそう。

カシニョールとか近現代の絵ってわたしはそれほど好きでなくて、
どちらかというと、綺麗な風景画とか描いてたような時代の絵が好きなの。
つまりすごく昔ってこと。
でも、M.Eちゃんが好きだというから見直してみて、いいな、と思った。
M.Eちゃんに似合う。前、M.Eちゃんが気に入ってたプレヴェールの詩と通じるね。
よくよく見るとこういう絵も素敵だと思うこと多いの。
ユトリロとかモジリアーニもよく見るといいなと思った画家。

でね! もらったメールのここのとこ。


>・・・・・・画家のサインを確認しちゃったわよ。
 女性が部屋でシャツを脱ぐ途中の絵なんだけど、
 下半身は丸出しなのよ。普通ああゆう順番で服を脱がないよなぁと思っ て、
 それがちょっと卑猥だって思ったんだけど、今思い出すと色のトーンだかタッチ・・・・・・


↑ これ!分かる!
前に映画で、――なんていう映画か忘れてしまったけど――、
女の人が夫と話しながら服を脱いでるシーンなのね。着てるんだったかな。
とにかく着替えの途中なのよ。
下半身はパンツさえはいてない状態で、上はスーツの上着まで着てて、
その時、話の内容が激してきて「あなたはいつだって!・・・・・・なんとかかんとか」って
怒鳴りながらバッと振り向くの。
で、溜まってた言い分を大声でまくしたてるんだけど、
そのとき下半身は陰毛まで丸見え、上はばっちり着込んでる、って格好で
相手に詰め寄ったり両手を振り回して激昂してたりするわけね。
わたしは「これは男性が監督してるから女性の脱ぐ順番とか気にしていないのだろうか、
それともヨーロッパではこういう順番で脱ぐのだろうか」と不思議に思ったの。
でもそういう順番なのね、きっと。そういう絵も描かれているのなら。

M.Eちゃんにこの頃会っていないから、会いたいな。
今度、カシニョールの絵を見ながらコーヒーを飲んでM.Eちゃんと話すために、
その喫茶店に行きたいわ。是非連れていってね。

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青空の風景

青空の風景


初夏。
青空の風景。

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