夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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秋の終わりの野の風景

秋の終わりの野の風景

秋の終わりの野の風景



秋の終わりの野の風景――風に揺れる草の実カラリ。

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同じ毎日

K.Rさま

もうすぐ12月、今年も終わりに近づいていますね。

今年もまた同じことをたくさん繰り返しました。
毎年毎年、新年を過ぎると同じように次の年度の不安を抱え――
春になると同じようにたまるストレス――
秋になると同じように起こる衝突――
冬になると同じように誓う翌年の抱負――

いつも愚痴を聞いてくれて、決意を聞いてくれて、お喋りにつきあってくれて、ありがとう。
自分の意見を押しつけないK.Rちゃんがいてくれるから、支えられてます。

わたしはあまりお返しをしていない気がするので申し訳ないです。
大騒ぎした挙句、何も変わらず同じ職場にいて、同じ毎日を過ごすわたし。
でもK.Rちゃんは、今年は本当に大変だったね。

年明けから不安なことがあって、変化もあって・・・・・・。
乗り越えて今日まで来ることができて、よかったね。

あと1ヶ月で今年も終わり――来年、再来年と、お互いいろんなことが好転していくといいですね。

それではまた――

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秋バラ

秋バラ


秋のバラ。
どことなく寂しいたたずまい。

同じ色なのに、同じ花びらなのに、同じ葉なのに、
どこか寂しい秋のバラ。

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記憶

何年か前の冬のある日、パソコンが壊れた。

そこには、秋の紅葉の写真も入っていた。
とても良いと思った写真もいくつかあり、なくなったのは非常に残念だった。

無念のあまり、写真を撮る気を失くした。
春が来てもたいして気のりせず、花がどれほど咲いていてもその気にならなかった。

また秋がめぐってくる頃には、少しは気を取り直し、また写真を撮るようになっていた。
「紅葉の写真」と言っても名所に出かけるわけではなく、自分のいつもの行動範囲で撮っている。
再びやってきた紅葉を前にして、また写真を撮った。

でも出会えない。
失くした写真のような、風情ある景色には。
あの情趣ある色合いには。

あれらの写真を失くしたのは本当に残念だった――

そう思いながら、また次の秋を迎えた。
美しい景色もあったし、美しく色づいた年だった。
でもあの失くした写真と同じではない。
あの晩秋の頃の、どこか寂しげなオレンジ色や黄色・・・・・・あんな景色には出会わない。

わたしは外付けのハードディスクを買い、バックアップもとるようになった。
何事も出会いというのは偶発的で、唯一無二なのだと思った。
そしてそう思う心のどこかで、失ったものは美化されるから、
本当は思っていたほど素晴らしい写真ではなかったのだと分かっていた。

パソコンは放置されて3年あまり経ち、ある日、電源を入れてみたら起動した。

失っていたデータはすべて回収した。
あれほど嘆いた写真も、再び手にした。

紅葉の頃の写真もあった。
自分でもなんとなく予想していた通り、失ったものは美化されていた。
自分の感覚も変わり、美の基準が違ってきたこともあるかもしれない。
思ったほど素晴らしくはなかった。

記憶というのは当てにならない。

知っているけれど、また悟る。
きっと何度悟っても、また同じことになるのだろう。

記憶というのは当てにならない。

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冬を迎える秋

冬を迎える秋


青空にそびえたつ、色づいた木。

冬を迎える準備なのか、
しばらく青い空が続く。

そして葉は黄色くなる。
赤くなる。

冬を迎える前に、空と木が
最後のお祭りを楽しんでいる。

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2年前の日記

2年前の日記を見ました。
少しだけです。全部読んだわけではありません。

なんとなく開いたページは休みの日でした。

朝昼兼用の簡単な食事をしようと出かけ、帰りにコンビニにより雑誌を見て、
帰って来たらもう夕方近くなっていて、
歩いたから疲れて昼寝したらそのまま夜になった。
変な時間に4時間も寝てしまったので、夜は眠れなくなり困るし、
せっかくの週末がブランチを食べに行っただけで終わってしまった。

というような内容でした。
わたしは「何もしない週末だった」と嘆いていました。

今でもこのような休日をよく過ごします。
なんとなく、一日を無駄にしたような気がして、面白くありません。

わたしは全く同じようなことを、2年後の今も繰り返しているわけです。
変化がないというか、進歩がないというか――代わり映えのしない日々なのだなぁと思いました。

人生なんてそんなものなのかもしれない。
――平凡な人生なんて、と言うべきかもしれない――
でもこういうのが、平凡な幸せでもあるのかもしれない。

そんなふうに、諦め半分ながらも満足にすり替えていけるようになっただけ、
2年前よりは大人になったのかもしれません。

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紅葉

秋になると木々は紅葉します。
でもその内容は、年によってさまざまです。

たとえば去年は冷夏でしたが、秋になってからはなかなか寒くなりませんでした。
いつまで経ってもコートなしで出歩いていました。
「寒くなった!」と思う日がやって来たかと思うと、翌日にはまた暖かい一日が戻ってきます。
また寒いと感じる日が一日、二日やって来ますが、また暖かくなってしまいます。

ですから、東京地方では、なかなか紅葉しませんでした。
赤や黄色にならないまま、少しずつ茶色になり始める葉もありました。
落ち始める葉もありました。

ようやく肌寒い日が数日続き、紅葉したときにはもう、葉はだいぶ減っていたのでした。
日光などでは美しい紅葉も見られたようですが、平地ではなかなか難しいのかと人と話したりしました。

ですが、4年くらい前の紅葉はとても美しかったのを覚えています。
いつも茶色っぽくなる並木道が、その年だけは美しく金色に光り輝いていました。
イチョウやサクラのような木のない、茶色がかった葉になる木々の並木道だったのです。
それは、そこを通って通勤するようになって3度目の秋でしたが、そんな鮮やかな色は初めて見ました。

この4年前の年は、猛暑の夏でした。
その後、残暑がいつまでも続き、10月になってもなかなか寒くなりませんでした。
でも去年と違うのは、急に寒くなったことです。
「あ、肌寒くなったな」と感じた日から、急速に気温は下がり始めました。
暖かさが戻ることはありませんでした。
寒くなるまでの期間も短く、駆け足で冬に向かって行ったのです。

あの年はただ街を歩いているだけでも感動しました。
紅葉を見に観光に行かなくても、充分美しかったのです。

どんなことでも、同じものというのはない、と思います。
一期一会なんですね。

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並木道

並木道


この並木道がこんなに鮮やかに色づいたのは、
この職場に通った5年の間でも、この年だけ。

去年も、こんな色にはならなかった。

紅葉の季節は毎年来る、と思うけど、
中身は年によって違うのだ・・・・・・

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この明るい空を最後に

この明るい空を最後に


空を彩る華やかなドレス、宝石、襞飾り。
今が最後と燃え上がる葉たち。

常緑樹の葉はハイミス。
社交場の喧騒を落ち着いた物腰で楽しんでいる。

落葉樹の葉は適齢期のお嬢さんたちのように、
踊る、喋る、笑う、さざめく、騒ぐ、恋をする。

恋に破れて散るものも。
恋が成就し去るものも。

この明るい空を最後の晴れ舞台に、
美しく着飾り、あでやかに笑い合う。

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