夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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除夜の鐘

一年が終わります。

除夜の鐘が煩悩を払ってくれるはずです。
そして来年は、新たな気持ちで始められるはず――

でもそう言いながら、やっぱり煩悩は捨て切れるものではなく、
除夜の鐘が鳴っているその瞬間も、何かを食べていたり、テレビを見ていたりするのです。

だからこれは気休めなのだけれど、でも、大切な気休めでもあるのです。

終わりと始まりには儀式があるべきだからです。

大切なのは中身だ、心だ、内容だ、と大声で言ったとしても、
形は形で大きく人の生活に影響を与えることを、無視するわけにはいきません。
外側なんてまったく何でもないと思える人は、それこそ煩悩のない偉い人です。

「ああ、終わるんだ」と思うこと。
「ああ、始まるんだ」と思うこと。

それでけじめがついたように思うことがあるのも、真実です。

願わくば、この真摯な気持ちが、少しでも長く続きますように――。

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暮れる日、昇る日

暮れる日、昇る日


暮れる日もあれば、射し初める日もある。

終わる年もあれば、始まる年もある。

落ちる日は、同時にどこかに昇る日でもある。

今年の最後の瞬間は、同時に今年の最初の瞬間でもある。

ほんの一瞬交錯する。
「今年」が。
「来年」と「去年」が、どちらも「今年」になる。

そしてまた、いつものように時は刻々打たれていく。

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クリスマスカード

Dear N.T

昨日、3日ぶりにポストを見ましたら、
可愛いクリスマスカードを発見しました。
ちょうどクリスマスイブに!
有難うございました。

本当に、N.Tさんのおっしゃる通り、
年の初めには色々計画をたてておりました。
わたしにとっては、今年はたくさんのことがあって、
転回の年だったなあ、とは思いますが、
年の初めにあれこれ考えていた抱負とは違うことばかり。
どこでどうなってこんなとこまで来てしまったのか・・・・・・。
目標としていたことは全滅でした。

一年の計画なんてこと細かにたてるものではないですね。

わたしも来年は欲張らない計画をたてることにします。





H.Rちゃん

素敵な写真の葉書ありがとう。元気そうで何よりです。

H.Rの言うとおり、本当にあの頃からずいぶん経ってしまいました。
13年くらい経ちましたね。
これほど時が流れると、お互いに相手の人生に知らないことがいっぱいでしょうね。
少なくともH.Rにはお子さんが2人もできていて、それだけでも大変な変化ですもの。

どれほど時が経っても、わたしがどん底にいて返事を怠っても、
変わらずクリスマスにはカードを贈ってくれてありがとう。
そしてお誕生日も忘れずにいてくれてありがとう。
わたしは、遅れてしまって申し訳ないけど、メリークリスマス!

いつか、会いたいです。

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裸の木

裸の木


もうすっかり葉が落ちてしまった。

冬はもう、来てしまった。

せわしない師走も、青空の休日はほっとひと息。

それとも――他の家では忙しくしているのかな。

せっかく晴れた休日、買い出ししなきゃ、お掃除しなきゃ。
そんなふうに・・・・・・?

季節を感じて生きる豊かさ。
季節を無視して生きる豊かさ。

どっちも少しずつあるといい。

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クリスマスのプリン

遠路はるばるクリスマス・プリンを買いに行った。
ここ2年、電車を乗り継いで1時間のこの洋菓子店で
クリスマス・プリンを買うようにしてきた。

今年は忙しさにまぎれて今日になってしまったけれど、
それでもなんとか来ることができた。

電車を降りると、改札のたたずまいからして懐かしい。
思えば3年前、ここからわたしの人生のステージは転回したのだ。

駅を出ると、教会関係者がずらりと並んで、
温かく微笑みながらチラシを配っていた。
1人が聖書を引用しながら演説をしている。

どうもこう、日本のクリスマスっていうのは
完全にはしっくりこないんだよねー。
うさんくさげな新興宗教である可能性が捨てきれないので、
立ち止まる人はほとんどいない。
どうも浮いてしまうのは、街がクリスマス一色でないせいか。

日本でクリスマス一色で埋め尽くすというのは難しい。
信者の数というより、お正月と近すぎることが問題なんだと思う。
だって、ハロウィンなんて今年は盛大にやっていたもの。
あっちでもこっちでもハロウィン、ハロウィン。
クリスマスは「単色」度合では、ハロウィン以下。
スーパーのクリスマスのブーツの隣に、お正月用のお餅が並んだりする。

もう昨日の時点で、スーパーのクリスマス商品はかなり減っていた。
隅のほうの一箇所にまとめられ、幅を利かせているのは
もちや昆布や蕎麦。今日はしめ飾りコーナーも出来ていた。
クリスマスだって24日の前夜祭で終わりを告げて、
当日25日は完全撤去、お正月突入態勢になるのだもの。

ここは鄙びた駅だから、余計だ。
通り全体が何の飾りをするわけでもなく通常の風景。
駅で街宣している教会関係者だけがいつもと違う。

日本ではクリスマスは求めないと手に入らない。

クリスマスディナーを出しているレストラン。
クリスマスイルミネーションを売りにしている街角スポット。
クリスマスイベントを行っている教会。
クリスマスと銘打っているコンサート。
クリスマス商戦に沸くジュエリーショップや百貨店。

そういうところを求めて自ら出歩かなければ、単なる年の瀬。

でもケーキ屋さんというのは、
こんな普段通りの街でもクリスマスクリスマスしてるはず。

――と着いたケーキ屋で、ショック!
クリスマスプリンはなかった。
あったのは普通のプリンアラモード。
申しわけのように「Merry Christmas」の小さなプレートが乗っている。

ここまで来て目的のものがなかったので、しばし呆然と佇んでしまったが、
そうしていても仕方がない。
他のケーキをとりあえず2つ買って店を出た。

この街に来たら、気に入りの惣菜屋に寄ろうと決めていたので行く。

閉ってた。

トボトボ帰りついた駅では、演説が終わりに近づいていた。
「・・・・・・本日3時よりの集会に是非お越しください」

小さなアコーディオンを抱えていた人がいたが、弾き始めたらしい。
音楽が始まった。
並んでいる人たちが歌いだす。

き~よし~♪ こ~のよ~る~~♪♪

クリスマスキャロルを背中に聞きながら、改札に向けて階段を昇った。

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スワンのケーキ

スワンのケーキ


このスワンのケーキを一緒にいただいた人たちには、
それぞれの2年の月日がありました。

――正確には1年と3ヶ月。

わたしは――相変わらずです。

相変わらずの趣味の日々を送り続けている方もいます。
同じ相変わらずでも、今度はあっちでグループ展、今度はそっちで展示即売、
趣味も熱心にやってらっしゃる方はお忙しいのです。

このときはパートで月15日勤務だったけれど、
今は常勤契約になって毎日残業が遅くまである方もいます。

遠いところに転勤された若い方もいます。

日々は変わらないけれど、とても悲しいことがあった方もいます。
いつも笑顔で明るいけれど、すべて癒されたのかどうか誰も分かりません。

もっと若いころは、食べたものの写真なんて、たいした意味はありませんでしたが、
少しずつ年をとってくると、思い出のよすがです。

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確率?

K.Rさま

最近のわたしの口ぐせは、「でも世の中何が起こるか分からないし」になってます。

片方の職場で「もうやってられない」と思っても、
じゃあ辞める?辞めない?と思う前に・・・・・・「でも世の中何が起こるか分からないし」
わたしを悩ませているAさんが辞めるかもしれない。
わたしと対立しているBさんが異動するかもしれない。
――そんなの、とても少ない確率なんだけど、
「でも何が起こるか分からないし」とつぶやくのが救いになってます。

例えば自分が海外と取引する仕事をしていたら、世界の経済情勢に左右されてしまう。
例えば自分の仕事や生活によっては、政権をとっている党の方針が利益に反することもある。
自分の力では変えられないことってあるものだから、我慢してやっていくしかない
――そんなときに自分に言い聞かせる言葉。

「でも世の中何が起こるか分からないし」

もちろんわたしの生活では、世界情勢や政治を考えることなんてあまりなくて、
もっぱら小さいことばかりなのだけど。

そんな宝くじに当たるような僥倖を救いにして、なんとなくやっています。

自分で頑張る必要もあるって分かっているけれど、
自分の頑張りではどうにもならないこともあるってことも分かっちゃいました。
年をとるにつれて、いろいろなことを悟っていくものですね。

どうしようもない部分があったからといって、すぐ方向転換はできなくなりました。
もう若くはないし――。

だからこんな僅かの、たぶんないだろうという確率を救いに、何かあったらつぶやきます。
「何が起こるか分からないし」という言葉。

気休め?
そうかもしれません。
――でも気休めが必要なときって、結構あるんです。

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夕焼け空

夕焼け空


赤と金色に染まる夕焼け。

寒い季節の夕焼け。

何かの終わりは、何かの始まり、
何かの終わりは、やはり何かの終わり。

ぼんやり考えながら見つめていると――

ほんのひととき、あっというまに落ちる夕日。

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師走

わたしにとっては、冬は家の中でぬくぬく本を読んだりするのが楽しい季節です。
冬には軽い読み物ではなくて、どっしりしたものを読みたくなります。
その世界に浸れるような・・・・・・。

19世紀ぐらいの古典文学を読んでもいいですし、分厚いミステリーでもいいです。
歴史文学も悪くないし、ずっと昔の本を読んでもいいし。
もし軽いミステリーを読むのなら、
ちょっと古いアガサ・クリスティ―だのE・S・ガードナーだののシリーズを
全部読むのもいいし。
わたしはSFは夏に読みたくなるけれど、長編を冬に読んでみるのも悪くないです。

内にこもる気持ちになる冬は、舞台の違うものを好みます。
そしてその世界に浸ります。

でも12月になってだいぶ寒くなり、冬らしくなってきても、こういうことには向きません。
そんなふうにじっくり本を読むのは、1月の後半から2月に適しています。

やはり12月は師走だからです。

わたしは季節に即した生活をしているとは言い難いし、おつきあいも多いほうではないです。
だから師走になったからといって、することがいろいろあるというわけではありません。

それでも「師走」というのは、なんとなく気持ちがせわしないのです。
周りがせわしなくなるので、つられてしまいます。
実際に忙しい人ばかりではないのでしょうが、お互いにせわしなさを反映しあって、
「師走」らしさがエスカレートしていきます。

誰ともつきあうことなく、食糧を買いに行く以外は人中にも出ずにいれば、
我関せずと自分の世界に浸っていられるでしょうけれど、
さすがにそれはこの年ではできません。
仕事をしなくては食べていけないし、なぜか人との関わりも増えてしまっています。

だから12月は「冬」の仲間外れ。
冬の本当の楽しみは、わたしにとっては年が明けてからになります。

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