夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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緑の葉

緑の葉


緑がまぶしい季節がやってきて、
青空には透き通った葉が影を作る。

いつのまにかもう、
花の季節は終わっていて、
気がつくともう花はないのだ――


緑の葉

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最近読んだ本

F.Nちゃん、今日は本などについて。

今日読んでいるのは、「田園日記」。
図書館で偶然見つけた1800年代イギリスのメアリ・ラッセル・ミトフォードという人が書いたエッセイ集。
晴耕雨読で心静かに読むには適しています。
――と言っても、晴れた日に菜園を耕したりもしていないけれど。
来週からしばらくの間は仕事一色になるはずなので、今日のうちに読み終えておきたいと思っています。
今日は雨で物音が消されて静かなので、この本を読むにはうってつけでした。

あまり頭を使うものや、あまりはげしく感情を揺さぶられるような本は、年々苦手になっていきます。

でもドラマはよく見ます。アメリカドラマ。
これもまた中年のずうずうしさなのでしょうか、「人と話を合わせる」ということも、どうでもいいやと思うこの頃、地上波は見なくなりました。
もっぱらスカパーばかり。

アメリカドラマは視聴率命なので、見る者を飽きさせるということがありません。
「なんか話がちょっとダレてきたかなぁ」・・・・・・ふと気付くと、ついキョロキョロしたりして注意力が散漫になっていて、わたしがそう思った途端、画面では急展開。
次はどうなるんだろう、と思わされて、目が離せなくなります。
毎回見てきたドラマ、つまらないっていうほどではないけれど、なんとなく退屈が忍び寄ってきたかもしれない。でもここまで見てきたのだから、次回も見るだろう。
そう思っていると、その次回で、大どんでん返しの急転回。と思ったら、また転回。
やめられなくなります。

自由主義経済による商業ドラマの凄さを見せつけられますね。
実に見事ですが、麻薬です。
これに慣れてしまうと、日本ドラマは面白く思えなくて、ついていけません。
面白いと評判だったので見てみた、ドイツドラマ「GSG9」も、途中、多少の甘さやタルさを感じたり。
自分の感性が侵されそうな、危険なエクスタシーです。
あまり見すぎてはいけないのではないか、と思うこともあります。

そういうものとは反対に、本でいえばエッセイのような、なごんだり慰められたりするものも、心地よくて好きです。
イギリス人シェフ ジェイミー・オリヴァーの「裸のシェフ」「ジェイミーの家で・・・」などの、海外料理番組はよく見ます。
「ナイジェラの気軽にクッキング」とかね。
「ル・コルドン・ブルー」も見ました。基礎篇、応用篇。
自分では何一つ真似して作らないのに、料理番組は好き。

こうしてただのんびりと過ごすことが多くなり、出かけなくなりました。
激減したのは、舞台やコンサートに出かけること、美術館に行くこと。
もともと旅行はあまりしませんが、都内の名所にも出かけなくなりました。
これはまずいかな、と思うことがあっても、またしても中年の言い訳が出てきて、「まぁ、いいかぁ、好きなようにするのが一番」で終わりです。

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5月のベンチ

5月のベンチ


新緑の病院。
木陰のベンチ。

葉はまだ茂っておらず、
木陰はまだうっすらの影。

目には緑。
新緑のベンチ。

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社会参加について

F.Nちゃん、こんにちは。

薔薇が咲いていますね。
今年はとても気になるキーワードだったので「国際バラとガーデニングショー」に行こうと思っていました。
そうして、その感想を手紙に書いたら、F.Nちゃんにその感想がてら手紙を送ろうと思っていました。
でも結局行かなかったので、ショーの話は何もありません。

わたしは子供を持ちそうにないし、子供を産める年齢をもう超えようとしているので、なんとなく「ちゃんと生きていない」感、「社会に参加していない」感を抱いています。
結婚もね、既婚者だと言っても、きちんとお嫁さんをしている人とは違うなぁ、と感じて、やはりひけめを感じています。
仕事にしても、ひとつの会社に骨をうずめるような働き方ができなかった、という劣等感のようなものがあって、社会で自分なりに居場所を築くことができない人間のように思えるときがあります。

その反面で、なんだか40代になってから、「どうでもいいや」という疲れたような心境になることも多いのです。
完全に放棄することはできないけれど、頑張る気持も萎えてしまったような。
ただ、仕事だけはかろうじてしがみついています。
収入がなくなっても、支えてくれる子も孫もいないので。

こんなふうに書くと、暗い話のようにも聞こえますが、そうでもないのです。
なげやりになるにも、「堂々と」なげやりになれる。
それが中年の逞しさなのかしら、と考えてもいるんです。

・・・・・・最近ようやく自分を「中年」と考えることにも慣れてきました。
外見の若さにこだわるほど美人でもなかったわたしなのに、やっぱりまったく虚栄を持たないなんてことはできないものなんですね。
「中年だから」という言い訳は万能で、いくらでも自堕落になりそうで危険な麻薬です。

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木香薔薇

木香薔薇


モッコウバラがアーチを作る。

春のアーチ。
夏のアーチ。

春と初夏は手をたずさえて、
いろんなアーチを行ったり来たり。


木香薔薇

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雨の日

5月休日 雨
O.Mさん、こんにちは

今日は久しぶりにお手紙にしました。
朝から雨が降っていて、とても静かです。
それでもこの静けさは、車の音が絶えず××通りから聞こえてくるので、完全な静寂ではありません。

新しい年代になって、この春はいかがお過ごしですか?
お変わりなく活動的な毎日だと想像はしているのですが。

以前、O.Mさんとお話したときに、髪のことを申しましたが、ご記憶でしょうか?
わたしがかつて誰彼なく「自分の髪は多くてまとまらない」と言っていたのとまったく同じセリフを、10歳若い人から聞いた話です。
10年前はわたしも同じように言っていて、誰かが「私も昔は多かったけど、年をとって最近は細くなっちゃって」などと言うと、「でもわたしの髪はホントに多いんです。いつもボワーッとなってしまって、本当にまとまらないんです」と言っていました。
10歳下の人に「わたしも昔はそうだったんだけど」などと言ってみても、「でも私の髪はホンットに多いんですよ」という答えが返ってくるばかり。
10年20年したら、あなたの髪も細くなるかもしれないわよ、と言っても無駄だろうな、と思って口をつぐみます。
こうして当時わたしの話を聞かされた年上の人も、口をつぐんでいたのかもしれません。

人は人生について年長者から何か言われても、自分がその立場にならないうちはなかなか実感できないものです。

最近わたしは、ずっと以前にO.Mさんがおっしゃっていたことを身近に感じております。
**駅の前で、夜、通勤帰りといった時刻に、偶然出会ったときのことです。
「最近はシンプルに、物を持たずに暮らしたいと考えている。本も買わずに図書館を利用するようになった」とおっしゃっていました。

そのときは、「わたし自身は、所有したい気持ちをどうしても抑えられない、やはり借りるのではなく買いたい」と思ったものでした。
ですが、ここのところ、少しずつそういう気持ちになってきました。
まるでO.Mさんの後を追うように。

今、これをお聞きになったら、わたしの若さ未熟さにまたお笑いになるかもしれませんね。
そしてわたしはまた10年20年後に、同じことを年下の人が言うのを聞いて、「自分も言ったなぁ」と笑うのかもしれません。

わたしは子供を持ちませんでしたので、子育てしている人より少し早く、人生のたそがれを感じているのかもしれません。
子育てをしている方は、まだ忙しい最中で、こんなことをのらくら考えている暇はないかもしれませんから。
でもどんな人も、遅かれ早かれ、似たようなところに到達するのかしら、と思ったりします。

先日、仕事で50代60代の方々の座談会の記録をとりました。
それぞれに山や谷を越えた皆さんは、活力と気力に溢れていらっしゃいました。
わたしもそういう日が来るのかしら、そこに到達できるのかしら・・・・・・と思わされました。

そうそう、O.Mさんに使っていただけたら嬉しいと思う小物を見つけましたので、同封します。

きっとお忙しい毎日と思いますが、お体お大切に。
年が終わる頃、この一年を振り返って報告しあえるといいですね。

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風の強い日

風の強い日


風の強い日、
花水木の花も震えるのです。

今にも花弁がちぎれてしまいそうに――

今にも枝から離れてしまいそうに――

でもまだ離れないのです。
しっかりしっかりくっついて、
実を結ぶまでは離れないのです。

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しろつめくさの花が咲いたら

「しろつめくさ」という響きが好きです。
クローバーと言うより、なんとなく素敵な響きがします。

クローバーの花で首飾りを作りたいとずっと思っていました。
マンガやアニメで見て憧れていたのです。

でも正式な作り方は分からないままでした。
正式な作り方というのがあるのかどうかも、分からないままです。

うまく花をぎっしり編んでいくことはできても、茎の束がとても太くなってしまいます。
これでいいのだろうか? どうも違う気がして自分に問い返しました。
答えは分からないままでした。

そしてぎっしり編んだ花の鎖が長くなっても、それをどうやって輪に留めればいいのか、分かりません。
今でも分かりません。

こんな感じか、と自己流で閉じてみて、一度だけ首飾りらしきものができたことがあります。
ちゃんと首飾りにもならないのに、何本も花を無駄に摘んでいたものです。

小学校の高学年くらいになったとき、「うまごやし」という言葉を知りました。
教科書の文章に出てきたのだと思います。
国語の教科書で、きっと小説の抜粋だったのでしょう。

「うまごやし」は「しろつめくさ」ほどロマンチックな響きはありませんが、どことなく惹かれます。
それはのどかな春の風景の象徴のようで、飢えることのない豊かな春の象徴のようで、温かい響きがあると思うのです。

もう花を摘んで編むことも、四つ葉を探すこともしなくなりましたが、しろつめくさを見ると楽しい気分になります。
それはどことなく西洋風の香りのする春であり、日本の原風景を思わせる春でもあり、心を惹きつけるのです。

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ブルーデイジー

ブルーデイジー


忙しい初夏の光は、
キラキラざわめいて、
花をくすぐる。葉をくすぐる。

花びらは透き通って、
葉は透けて見えて、
春を謳歌する。夏を迎える。

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