夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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強光

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空が透き通って見えるほどの光。
どこもかしこも光。

強い光。

くらくらするほどの光。

わたしには受け止めきれないほどの光。



強光/桜と光



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青にピンク。
着こなすのが難しい。

愛らしいピンク。
だから春は難しい。

魅力的。
だけどしわがれていく身には、
着こなすのが難しい。




青にピンク/桜と光

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お嬢さん

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春は愛らしいお嬢さんの顔をして、
空にこぼれるほどの笑顔をまき散らす。

春はこの世にわずかな瑕瑾もないように、
強烈な屈託のなさで笑顔をまき散らす。



お嬢さん/桜と光

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光と花

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光に透ける白い花びら。

どうして空はこんなにも輝いている?

どうして春はこんなにも光に満ちている?




光と花/桜と光

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次回はイベントと共に

何年ぶりかで、友人に会った。
わたしより4~5歳年上だったはず。もしかしたら3~4歳だったかもしれない。
人生としてはほんの少し先を行く人だった。でも子供がいるその人と、わたしでは家事や雑事が同じというわけではなかったし、配偶者の年齢も違うので家庭のあり方も違った。

自分とは違う人生を歩んでいる人というイメージで、「わかるぅ~」「そうそう~」というふうではなかったが、久々に会ってみると自分と同じ悩みを持って、少し先を進んでいると判明した。
つまり、親の介護のこと。これは夫婦合わせれば4人いるわけで、先に逝っている誰かがいても、残っている誰かもいる確率が高い。

わたしが感じている不安を、その人は数年前に感じていて、そして今は現実のこととなっていた。

そうなんだぁ~、へぇ~、そうだよねぇ~・・・・・・と話は盛り上がったものの、2時間3時間とゆっくりランチをしていると、だんだんネタが尽きてきた。

そりゃそうだ。いくら「わかるぅ~」という話だって、他人にことこまかに話すわけじゃなし、こちらだって聞くのもはばかられるし、何時間も話せるものじゃない。
「今どんな仕事をしているんですか」「これこれこうでね」
「あの頃の人たちと、今でも連絡をとる?」「あまりとらないかなぁ」
なんて、話は展開していくけど、やがてやっぱり尽きてきた。

いったん終わった話にまた戻ってみたり――

このときわたしは悟った。
「近いうちに会いましょう」という話になったとき、「どこに行く?」と言われたのは正しかったということ。

わたしはランチでいいと思っていた。
そのほうがゆっくり話せるし! などと考えていた。

でも相手は「どこどこに新コンセプトカフェができたんですって。足湯ができるらしいから行ってみない?」「フルーツ狩りに行こうか」といろいろ提案してくれた。
結局、時間的に難しいとランチになったのだけれど、何かイベントをしながらのほうが話のタネがあるからいいとわかった。

母親世代が友達と出かけるとき、旅行に行こうとか、日帰りバス旅行をしようとか、イベントごとが多いことが、今さらながら納得できた。
ランチに行くときも、「今度はあの店に行ってみよう」「評判らしいのよ」といろいろな店に行く。たぶん、店や料理について話せるからいいのだろう。「いいわね」「よくないわね」「前回のどこどこのほうがこうだわね」
ランチといっても、ファーストフードやファミレスのような、話のタネにならないところはだめなのだ。

いくら喋っても話が尽きないのは、若いときだけ。
人生を長く生きてるのだから、そりゃ喋ろうと思えばいくらでも喋れるけど、聞いてるほうもたまったものじゃないから、じっくり向かい合ってランチをするより、他の話に移れるきっかけがあったほうがいいのだ。
バスや電車に乗っていて、じっくり話されて聞き役をしていても、1時間2時間すれば目的地に着いたりする。「あら、着いたわ」
ランチなら、次の料理が来る。「あら、これは綺麗な盛り付けねぇ」
そこで話をいったん切って、仕切りなおすことができる。

とにかく、「なるほど」と思った日だった。
次回は何かイベントと共に会うようにしよう――


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花は桜

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花は桜、春は4月。

自分が新学期を迎えなくても、
自分に新学期を迎える子供がいなくても、

花は桜。




花は桜/桜

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花玉

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まあるく花玉、風に吹かれて、

まあるく花玉、枝に揺れて、

まあるく花玉、花びら散らす。



花玉/桜

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それはいつもの

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それはいつもの桜。咲いているのは――

それは今年の桜。いつもと同じでも――

いつもと同じでも同じじゃない。

去年までいたはずの人がいない。
いつも仕事で忙しかったけど、今年は眺める暇がある。
新しい小さい命と一緒に見ている。

・・・・・・人それぞれに『今年』がある。

そんなふうに時は移っていく。




それはいつもの/桜

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春への期待

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もうすぐ爛漫の春がやってくる。
まだ今は身をひそめている花たちが、
一斉に姿を現す。

それまで期待にふくらんで、爛漫の春を待つ。




春への期待/桜

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花柄の空

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空が花柄の可愛らしいスカートになる。
空色の地にピンクの柄――着こなすには若くなきゃ。

空を見ているとうきうき春の柄。

自分まで若返った気分で、
心にひらひら身に着ける。




光と花/桜と光

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人の話

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そうそう自分の話ばかりできるわけではない。
自分の状態があまりよくないときは、人と話をするのも控えるときがある。
話していてもつい、しめっぽいことやぐちっぽいことをこぼしたくなるし、そうしたら相手が迷惑に思うか、共感を得られなくて自分ががっかりするか、どちらかだ。

一番ひどかったときから少し上がっていければ、そのときは話すことができる。
おもしろおかしく話せるからだ。

年下の人が、悩みをぶちまける友達にうんざりする話をしていたりすると、「そんなふうに人に言えるって、若いってことだなぁ」と感じる。羨ましいことかも。

それから、自分が人の話を聞くのも億劫に感じる時期もある。
ちょっときつい。
自分は控えているのに、相手はどんどん話してくる――まるでわたしには悩みなんてないかのように。
まるでわたしはいつでもスタンバイOKの便利な聞き役みたいに。それを喜んでしてるとでもいうかのように。

友達だったら、距離を置くこともまたいい。
なんでも話せるのが友達だなんて、青いことを言う年ではなくなった。
状態が良くなってから、「久しぶり~!」と会ったほうがいい。相手に迷惑をかけるほど暗い気分なら、いっそしばらくおとなしくしているほうがいい。

でもどんな時でも、浮世を生きている限り、義理というものがある。

義理のある人に対しては、距離を置くというのは難しい。

相手は何も悪気はないけど、わたしにとってつらかった人がその時期3人いた。
簡単にどういうことか書こうと思ったけど、やめた。

とにかく、そういうことって、多くの人にあるのじゃないかと思う。

たとえば、年収700万は少なくとも確実にもらってると思われるフレンドリーな上司が、不景気の時代、やりくりするのがどんなに大変か、あれこれ語っているのを「そうなんですかぁ」と聞かなきゃならないとか。
「私なんか、年収400万にも全然満たないですよ、共感できませんよ」という言葉を飲み込んで。

自分に対する賛辞にしか興味がなくて、それ以外の話題になったとたん、つまらなそうな顔で言葉数が少なくなるから、必死でにぎやかしの役をして、「もう私はずっとこの人のホステス役なの?」と思うときとか。
「地顔なのかもしれないけど、そんな顔されたらよいしょしなきゃいけないと思っちゃいますよ」と言いたいのを我慢して。

人生の絶好調で、とんとん拍子に、彼氏ができて婚約して結婚してマイホーム、という人に毎日毎日「えー、いいなぁ~」「へぇー、すごーい」「えー、そうなんだぁ」と言い続けるとか。
「私なんて何もないよ。聞いてると落ち込むばかりだよ」と思っても、顔には出さずに笑顔を貫いて。

いかにもテンプレートな例を挙げると、そんな感じのこと。そんなふうな「義理」。

自分にゆとりがあるときは、苦もなくできるし、それが嫌いでもないっていうのに。

更年期も近くなると、どうしてもだめな時がある。
そこで、「ダメなときはダメだ。自分が追い込まれないように、ダメだと感じるものごとから距離を置こう」と思う。
しかし、「義理」が立ちはだかると、距離を置くことはできなくなる。

お金の心配さえなければ、引きこもりたい・・・・・・


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小さく咲く

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春の墓参り。

古い花を捨てに行ったら、
すぐそこの木に花が咲いていた。

もう夏を迎えようとする若葉の季節には、
咲く花も小さく、目立たない。

花は葉に季節を譲り、おとなしく控えめに咲いていた。




小さく咲く/花の春


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時を計る

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時を計っている。

花の時を計っている。
命の時を計っている。

あるいは世界の時を計っている。




時を計る/花の春

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開ききらないクレマチス

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なんて素敵な花だろう!
なんていう花だろう!

そう思ってよく見たら、
クレマチスの茎についていた。

隣には広がったクレマチスが揺れていた。




開ききらないクレマチス/花の春

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心ははやときめいて

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春が来たから、出かけよう。

出でたとう――旅に。
旅が無理なら日帰りで。
それも無理ならすぐそこでもいい。ただの散歩でも。

出かけよう、どこかへ。
昔の詩人が詠ったように――心ははやときめいている。

春の誘いにときめいている。



心ははやときめいて/花の春

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もろもろの花は地にあらわれ

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そう、どこにでも花が――もろもろの花があらわれた。

山にも、野原にも、公園にも、庭にも、花壇にも、路傍にも、
自然の花も、植えられた花も、こぼれ種の花も。

詠われた時代は違っても、詠われた大地は違っても、
春はいずこも同じものらしい。



もろもろの花は地にあらわれ/花の春

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おうち

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これは小さな虫のおうちなの。
もしかしたら小さな妖精のおうちかも。

なめらかな壁に囲まれた、螺旋の通路を辿って行くと、
芳香に満ちた居間に着くのよ。



おうち/花の春

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細工

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精巧な木彫り細工。
あるいは精巧な石鹸細工。
あるいは見事な造りの落雁。
あるいは丹精込めた菓子。

自然は時々、あるいはいつも、
人の技を凌駕する。




細工/花の春

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笑顔を見せる

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笑顔を見せると、人に好かれる。
花が笑っているように見えるから、春が魅力的なように。

笑顔でいると、人に好まれる。
どこを見ても笑ってる花ばかりだから、春に惹かれるように。



笑顔を見せる/花の春

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顔を覆う

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外側の花弁はそっと開いた。
「咲け」という春の命令に従った。

内側の花弁はそっと蕊を隠している。
乙女らしく恥じらって。
――あるいは、心を見せる準備がまだできていなくて。



顔を覆う/花の春

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散歩

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時に憂愁に苛まれても、
稀に激情に襲われても、

やってきた春のために歩いてみよう。
咲いて飛んで囀る春のために歩いてみよう。

風は頬を撫でてくれるはず。あるいはなぶってくれるはず。
光は身を包んでくれるはず。あるいは焼いてくれるはず。



散歩/花の春

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フェイス

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日に顔を向けるのだ。
しっかりと日を見つめるのだ。

日を顔に受けるのだ。
しっかりと日を受け止めるのだ。

身に集めた光をみなぎらせ、
身に集めた光を放射して、
すっくと顔を上げるのだ。



フェイス/花の春

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妖精

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小さな小さな春の妖精が、
もしかしたら小さな花に出入りしているかもしれない。

小さな小さな春の妖精が、
もしかしたら光の向きや加減で見えるかもしれない。



妖精/花の春

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