夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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海辺

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海辺。
小さな船が繋がれ、近所の人が歩いている。

海辺。
散歩する人のすぐ横で、仕事をしている人がいる。



海辺/生活のにおい


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並木道

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美のために作られたわけじゃない。
強い風を遮るために作られた。

見せるために作られたわけじゃない。
生活を守るために作られた。

今は見に来る人も多いけれど、
今でも家や暮らしを守ってる。



並木道/生活のにおい


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畑と海

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海に囲まれた小さな島に、
畑があって、作物は毎年実る。

雲と空と海がはるかに広がっているけれど、
ここには畑と暮らしと家がある。

人と暮らしと人生がある。



畑と海/生活のにおい


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まっすぐな道

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道路。まっすぐな道。

小さな島にも何軒もの家があって、
幾人もの人が住んでいて、
いくつもの暮らしがある。



まっすぐな道/生活のにおい


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屋根

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いにしえの豪族の館、たくさんの棟、たくさんの屋根。

たくさんの部屋べや、たくさんの牛囲い。

たくさんの家族が暮らしていた。
かつて、この屋根の下で――



屋根/生活のにおい


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カフェ

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お気に入りの喫茶店「ウツギ」に久しぶりに行った。本当に久しぶりで、8ヶ月ぶりだった。

電車でいくつか先の駅なので、それほど日常感がなく、でも遠くない。
近場で少しスペシャルな気分に浸りたいとき、便利な喫茶店。

前回ずいぶんあいて行ってみたら、なんとびっくり!!!

にぎやかな商店街の通りからはちょっと入ったところなのに、すぐ近く――隣っていうくらい近くに別の喫茶店ができていた。

それも2つも!
(正確には1つは喫茶店で、1つはコーヒー豆店に飲めるスペースがついているもの)

1店は4ヶ月くらい前にオープンしたらしい。「アイビー」
店の前に置かれていたチラシをもらってみた。
やる気を感じた。掲げているコンセプトが伝わってくるような。

Twitterがあって、店の情報を見ると、金・土定休だった。
しかしチラシには日曜定休となっている。
さらに地域の有名ブロガーが書いていたところでは、火・土定休。
オープンからまだ日が浅く、試行錯誤しているところなのかもしれない。

もう1店は、コーヒー豆専門店で、中で試飲的に飲めるという店。「バオバブ」
こちらも大変意欲を感じた。

長年考えてきたという最高の豆ブレンド。ついに完成したという。
どこかに場所を借りてコーヒー教室を開催するお知らせが、ネットに出ていた。
――しかし人数が集まらなかったため、申し込んだ人には申し訳ないが中止する旨の記事もあった。
さらに、パン屋さんとのコラボでイベントを企画していた。(その日は臨時休業になるというお知らせだった。)
仕入れの日は午前中はやっていないことがある。

とにかくこの日は目的の「ウツギ」に入った。
ずっとこの場所で営業している店だからもうみんな知っているだろうけれど、「ウツギ」は地下にあるので、路面店の「アイビー」や「バオバブ」のほうが目を惹く。

「ウツギ」は地下に降りる階段は広くないが、中に入ると広々している。
地下なだけに、「入るとそこは別の空間」という感覚を味わうことができる。
道行く人が見えるカフェもいいが、こうして外界から逃げて来られるカフェもいい。

常連さんのものなのか、よく作品展示をしている。
ちょっとした工芸品だとか、手芸品だとか。
店に溶け込む配置で、壁や本棚などにそっと飾られている。
作った人がどう思っているか分からないが、主張が強すぎない展示の仕方で、コーヒーのじゃまにならない。

この店はマスターとマダムが集めた本や雑誌が、ある壁一面全部に並べられている。
それを見るのもまた楽しい、という客も多い。

ゆーっくり置かれている雑誌や本を読む人もいるし、
カウンターに座ってマスターとずーっと話している人もいるし、
奥さまを相手に話している人もいるし、
グループでやってきて長ーく歓談している人もいるし、
ノートや資料を広げて何かしている人もいるし、

そういう喫茶店だ。

わたしは「喫茶店でゆっくり時間を過ごす」ことに憧れていたが、最近はあまりこだわらなくなった。
自分にほどよい時間いて、ほどよく雰囲気とコーヒーを味わったら、それでいいかな。

「ウツギ」に来る人たちの中では、早々帰るほうだと思う。

「ウツギ」はこれまで、書かれている営業日と時間内なら、いつ行っても閉まっていることはなかった。
コンセプトのこだわりや何らかの意欲があるお店は、それはそれで楽しみがある。
でも、常連以外は必ずチェックが必要かも、とほかの店を検索して思った。
頻繁に行く常連なら、「今度の何曜日はお休みだから」と教えてもらえそうだし、張り紙などがしてあって「ああ、この日は休むのか」と知るかもしれない。
せめて近くに住んでいたら、中に入らなくても通りすがりに、そういう掲示を見るかもしれない。

でもここにはそうは来ないからなぁ・・・・・・
そして行くときは、カフェも主目的のひとつ。
いつ行ってもちゃんと開いていて、いつも同じ笑顔で迎えてくれるお店はいいと思った。

年をとったのかもしれない。
10年前だったら、まだもっと新規なものやイベント性を求めたかもしれない。
オーナーがお店を閉めてどこかで教室を開催したり、コラボイベントをしたりするなら、自分も行きたいと思うかもしれないし。
それとも、自分がここに住んでいて、開いてなくてもそれほどダメージがないなら、今でもそういう新機軸が好きかもしれない。

とにかく「わたしにとってのこの場所」は、たまに行くところであり、安定性を求める。

コーヒーの味や、店内の雰囲気、並べられている本、花がいつもあちこちに飾られていること、常にクラシック音楽が流れていることなど、マスターやマダムのこだわりが感じられる「ウツギ」。
でもそのこだわりは、この「ウツギ」という空間のためのもので、外に向けて「自分」をどんどん発信していこうという感じではない。
だからわたしは安心して訪れることができるのだという気がする。

たとえば「地域と共に絡み合っていきたい」という意味で「アイビー」という名前を付けていても――そういう名前をつけて、そういうコンセプトを考えて、メニューなんかもそれに合うものを模索中で――まだ頑張っている途上だから、やっぱりそれは、発信なのだ。

「ウツギ」もそういう時代もあったのかもしれないが、マスターもマダムもたぶん、それ相当な年。今は安定して、円熟した喫茶店だ。

なるほど、自分もそういうのが落ち着くようになったんだわ、と気づいた。

また行こう。
ごちそうさまでした。


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材木

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きっと燃やされるための木。
窯の火を絶やさないための枝。

置かれている間に、小さな花たちが、
懐に抱かれて咲いている。

堅い腕に守られて、
安心して風にそよいでいる。



材木/工房


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窯――昇り窯。

何百キロも離れたここでも、
ふるさとと同じ昇り窯。

煉瓦の色は赤いけれど、
やっぱり同じ昇り窯。



窯/工房


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ものづくりたち

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木の陰の工房、道から覗く。
この遠く離れた地で、ものを作っている人たち。

わたしとはかけ離れた地で、
この地の文化を守って、何かを作っている人たち。



ものづくりたち/工房

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春の終わりに

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ギッシングの「ヘンリ・ライクロフトの私記」の春の章の終わりは、次のような断章でしめくくられている。

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        二十五
  今日も好きな小道を歩きながら、その道が「さんざし」の散った花で一面におおわれているのをみた。クリームがかった白い色をみせ、朽ちながらも馥郁たる香を放ちながら、この5月の花は一面に散りしいていた。春もすでにすぎたことをそれは物語っていた。
  春を私は充分に楽しんだであろうか。私に自由がもたらされた日以来、4度も新春を迎えた。そしてスミレが散りバラが咲く頃になると、この天の賜物をせっかく身近にありながら、充分味わうことがなかったのではないか、といつも不安に思うのだ。牧場に行けば行けたのに、多くの時間を読書に費やしてしまったりした。えられた効果は結局同じであったかどうか。半信半疑で、私はわが心の言い訳に耳を傾けるのである。
  私は喜びの瞬間の数々を思いだす。開いた一つ一つの花を見つけたり、一夜にして緑におおわれて芽ぐむ枝をみて驚いたりした。あの喜びの瞬間を思いだす。「りんぼく」の枝に初めて雪のように白い花が輝くように咲いたのも私は見逃さなかった。見なれた土手の近くで、早咲きの桜草を私はいつも注意した。その叢(くさむら)の中でアネモネも見つけたものだ。「きんぽうげ」で黄金色に輝く牧場、「りゅうきんか」で照り輝く窪地など、長い間私の目をとらえて離さなかった。「ねこやなぎ」が銀色の柔毛(にこげ)をもった玉で照りかがやき、金粉できらきら光るのも私はみた。こんな平凡な光景も、見るたびごとにいっそうつのる驚異の念をもって私の心はうたれるのである。これらも再び去っていった。いよいよ夏かと思うと、不安の念は喜びの念とまざりあってわが心に生じてくる。
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途中「私に自由がもたらされた日以来」という言葉がある。

当時のイギリスは、現代よりも階級制がしっかりしていた。
財産というのは代々受け継がれるもので、中産階級などもなんとか家禄を維持しよう、(あわよくば結婚などによって増やそう)、と必死になる様子はさまざまな小説にも描かれている。
そういったものがない場合、仕事の収入だけではかつかつだ。その日暮らしのような生活から抜け出せない。
さらに下の労働階級、貧民のような人たちとは違うが、悠々自適というのはかなわぬ夢で、あくせく仕事をしていた。

ところがある日、突然親戚が亡くなって、遺産がどうしたはずみかギッシングに転がり込んできた。
大きな遺産ではなかったが、何の心配もなく暮らしていける家が手に入った。
近所の女性を家政婦に雇って、家事をしてもらうくらいの年収がもたらされた。
本当にゆとりのある暮らしぶりの人々とは違うが、そのささやかな財産でもギッシングには大変ありがたかった。
これであくせく働かなくても、好きなものを書けばいいのである。

それからは田舎のその家で心静かに暮らしたという。

そういう僥倖に恵まれていないわたしは、心静かに暮らすわけにはいかず、あくせく働かなければならないが、少しでも春が楽しめれば「今年はラッキーだ」と思いたい。

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タイムスリップ

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そんなはずはないけれど、
でもここは太古の世界につながっている。

そんなはずはないけれど、
でもここには遥か昔の生物が生きている。

そんなはずはないけれど、
でもここは古生代から時間が続いている。



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一瞬の目の迷いは、雲と共に流されて、
青空が広がれば明るく見える。

こんな色の空だったはずはないし、
こんなに穏やかに明るく広がっているはずはない。

一瞬のタイムスリップ――それだけのこと。



タイムスリップ/何かどこかが違う景色


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暮らし

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ただ青い空が広がる、何もない道路にも、
電線は必要だ。

人の暮らしはそこにもあって、
必要はそこにもある。



暮らし/何かどこかが違う景色

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岩の上

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岩の上に花が咲いてる。
岩の上に草が伸びてる。
岩の上に木が生えてる。

ふと見るとすぐ横に、
そこが広い世界であるかのように、
植物たちが群れている。



岩の上/何かどこかが違う景色

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鉢に花

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鉢に花。
よく見る光景だ。
花がこんなに赤くなければ――



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鉢に花。
よく見る光景だ。
花がこんなに南国でなければ――




鉢に花/何かどこかが違う景色


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冬の街路

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冬の街路、これは冬の街路のはず。

遠い南では鮮やかな色の花が咲き、
空の蒼が穏やかであることだけが、
冬だということを示している。




冬の街路/何かどこかが違う景色

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見慣れぬ冬

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大きすぎる葉が、
苦労もせずに必要な日光を集めている。

一年中惜しげなく降りそそぐ陽光は、
きっとほかでは見られない。

大きすぎる葉が、
悩みもなく冬を過ごしている。




見慣れぬ冬/何かどこかが違う景色

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誰にも言えない

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ドラマを見ていて、主人公がその回のラストでつくづく疲れた顔で友人にこぼす。

「私は無事。子供を盗まれても、刺されてもいない」

仲間の一人が腹を切り裂かれて子供を奪われたのだ。なんとか命も助かって、子供も取り戻せて、今はひどいPTSDに悩まされている。
この日は、やってきた患者の家族が、刺されたり脳挫傷になったりでひどいことになっていた。(なんと、特異な腫瘍があって、そのためにアドレナリンが過剰になり、子供のADHDが度を超してしまって父母を傷つけていた、というオチ。)

そういうのに比べて、「お互いに惹かれあっているけど既婚者だから諦めた」というのは小さなことだ。

主人公は言う。「でも傷ついてる」

「心はボロボロ。でも文句は言えない。私には何も起こらなかったんだから。
あの家族やヴァイオレットとは違う。
時々、彼らに嫉妬しちゃうの。
見える傷なら、皆につらさを分かってもらえる。
ノアと別れたのは正しかった。でも心はボロボロなの」

なんだかとても共感した。
このドラマ、前のシーズンはどうもついていけないところがあったが、このシーズンは1話目、2話目と共感する。

そう、なかなかね。言えない。
そういう状況はある。

でも、もっと大変な人たちより大変じゃないからといって、つらくないわけじゃない。
言えない分、なおさらつらく感じる。

そういうことはある――


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ライン

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並ぶ岩の向こうに青いライン。
海と空が隔てられるところ。

曲がった木が告げる。
海辺は常に風が吹くこと。

青く閉ざされた彼方の海には、
思いも及ばぬ深淵がある。




ライン/海

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