夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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好きなもののBESTはオリジナルで

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「グッとテンションが上向きになる曲集」とか、「劇的な気分になるロック集」とか、いろいろな曲目集がYouTubeにはあって、BGM的に聴くことができる。
「これはいい!」と思うタイトルを見つけて聴いてみたけれど、期待したほどテンションが上がらなかったり、エモーショナルさを感じたりしなかった。
わたしの趣味は人と違うのだろうか?と思ったりした。

でもやっぱり、好みというものがあるから仕方ない。

「glee」というドラマが好きでよく見ていた。なにしろ作中たくさんの歌が歌われる。
「glee」は世界中で大ヒットしていたので、いろいろなオリジナルアンソロジーがある。
登場人物のだれそれが歌った歌のBEST20とか、SeasonいくつのBEST30とか、Seasonいくつのだれそれが歌った歌BEST10とか。

そのような限定されたベスト版でさえ、編む人によって選曲はさまざま。
そしてどれを好むかもそれぞれ。聴いていて「この曲を入れるんだ」と思うこともよくある。「あれが入っていないんだ」とも。

何事につけ、そういうことはあるなぁ、と思ったのだった。

ほかによく見かけるのが、格言集、名言集だ。

子供の頃は、固い表紙のハードカバー風な日記帳を買うと、後ろのほうのページに名言・格言集が1~2ページついていることがあった。
今はインターネットでいくらでも掲載されている。

その多くは「ぼくのわたしの」名言集のようだ。
それはやっぱり、好みがでるらしく、しかも数が多ければ多いほど印象に残りにくかったりする。自分のサイトだと、追加つけたしができるので、多くなっていくことも多く、圧倒されただけで終わってしまうこともあった。
――その中で心に残る好きな言葉というのは、前述の日記帳などの名言集などで既に好きな言葉だったりして。

お手軽に簡単にまとめられているものを見ることができて、とても有難い時代だ。しかも全部無料で。
でもそれは「まとめ」というより、そこからさらに自分の好みを洗い出していくものと捉えたほうがよさそう、とも思った。

やっぱり、本当に大好きで、大切にしている言葉、いつも身近に心の中に覚えておく言葉というのは、1つか2つだ。
何度も何度も繰り返して聴きたい曲とういのも、何百何千とはない。

オリジナルで自分で見つけるのが大切だ。
そのためのBEST集と捉えると、これは大変便利である――

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きみの美は全能だ でも海の怒りを鎮めたり
きみの愛情で海に愛することを教えたり
荒くれの北風の神様を 手なづけることはできないよ
書物で知っているだろう かの神が自ら愛を誓った美わしの
オリテーアを木端微塵にしたことを

ジョン・ダン 「恋人」



海/海の景色01


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夢みる海のさなか

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「夢みる海のさなか」――詩人はうまいことを言う。

海は時には激しいが、
この穏やかな海はたいていは静かに波打っている。

まるで夢見るように穏やかに。

わたしたちはただ同じ夢を見たいと願うしかない・・・・・・



夢みる海のさなか/海の景色01


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永遠の海のほとり

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「永遠の海のほとり」――詩人はうまいことを言う。

見慣れた海でも、見慣れぬ海でも、
外つ国の海でも、海は海。

海は永遠。海はどこまでも永遠だ。

わたしたちはただ眺めることしかできない・・・・・・



永遠の海のほとり/海の景色01


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尽きせぬ海

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「尽きせぬ海」――詩人はうまいことを言う。

水色がやがて青色になり、次には紺青になり、
海は深く深くなっていく。

わたしたちは海のみぎわにただおとなしく立つ・・・・・・



尽きせぬ海/海の景色01


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へりくつ

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「したいこと」を優先しても
「とんでもないこと」は起こらない

雑誌で見た。
ストレスをためないために、こういうふうにしましょう、という簡単なマニュアルだった。

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「したいこと」を優先しても
「とんでもないこと」は起こらない
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「とんでもないこと」は起こらないかもしれないけど、「そこまでじゃないけど面倒なこと」は起こるよね。
それによって周囲の人が勝手な評価を下したら、それはいつまでもついてまわったりして面倒だよね。

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家族のごはんより「1時間休憩したい」を叶えていい
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叶えていいけど、代替手段があるときだよね。
家族の誰かがやれやれと代わってくれるとか、
全員分の外食代や出前代を捻出することができるとか。

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「そうだね。」たった一言で
人間関係はうまくいく
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これ、2回3回とやってると、いつでも聞いてくれる便利な聞き役の役割を振られちゃうよね。
いったん振られると抜け出せない、いつも便利な人で、それもストレスたまるんだよね。

適当に言ってると、「ああ、適当に相槌打ってるな」って見透かされて、人間関係うまくいかなくなるし、ちゃんと聞いて相槌打ってると便利な人にさせられちゃう。


――最近、へりくつが多くなった。
耳に優しい言葉、なんかいい感じの言葉、心を打ちそうに見える言葉を見ると、つい心の中で反論してしまう。

ひねくれたなぁ――わたし。


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神秘の湖

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ふと気がつくと霧が出てきて、
湖を隠してしまう。

本当は誰にも見つかりたくない、見られたくない。

内気な湖はすぐ姿を隠してしまう。



神秘の湖/水


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黄金球

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海に浮かぶ黄金の玉。

矢のように光を放ち、
すべてを金色に染める。

空も海も空気も金色、
こがね色に塗りつぶされる。



黄金球/水


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夕日の海

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夕日の海、オレンジ色に染め上げられ。

夕日の海、今日の終わりに燃え上がる。



夕日の海/水


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水の流れ

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石に邪魔され、倒木に止められ、
草にからまり、紆余曲折。

小さい回り道をどれだけしても、水の流れは下に行く。



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緑が覆っていく。水の流れを覆っていく。
人の目からは隠される。

どれだけ見えなくなっても、水の流れはゴールを目指す。 



水の流れ/水


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一片のメロディ

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中村紘子のピアノコンサートのポスターを見た。
ちょっと行きたい気がして、眺めた。

中村紘子、好きだったのだ。
昔のクラシックのテレビ番組で司会をしていて、はなやかな笑い方と品のある話し方が好きだった。

ピアノ演奏のほうは、その番組のオープニングで数十秒聞くだけ。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番のイントロだった。

ずーっとあとになって、大人買いってわけでもないけど、中村紘子のCDを買った。
スッキリした演奏だと思った。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番は、ずっと大好きな曲だったけれど、10年も経ってようやく全曲聴いたら、イントロほどの感動はなかった。
それでもまだ大好きだと思っているのは、あの頃の気持ちの断片と一緒に聴いているから。

そういう曲は結構ある。

「ベティ」というコロンビアのドラマが好きで、よく見ていた。原題は「私はベティ、醜い女」という。邦題は「ベティ ~愛と裏切りの秘書室~」だった。
アメリカでリメイクされて、それが人気だったが、わたしはもともとのコロンビアのドラマが好きである。

「ベティ」は日本語吹き替え版で放送されていて、ラストにほんの数十秒ほど吹き替えの声の出演が紹介される。オープニングとは違う曲がその間だけ流れる。
この曲が大好きだった。なんだか元気になれるような、そしてロマンチックな響きも感じられた。

でもすぐに終わってしまう。
何年も後になってから、思いついてYouTubeで探してみた。実に苦労したが、やっと見つけることができた。オープニングを歌っている歌手の曲を片端から聴いて特定したのだ。

ついに頭から終わりまで全曲聴くことができた歌だったが――あまり感動しなかった。
いいところを数十秒だけ聴いていたときのほうが、想像もかきたてられたせいか、いい曲だなぁと思い焦がれた。

ドラマでは、「CSI:NY」に使われている「Baba O'Riley」もそうだ。
「CSI:NY」は、アメリカのヒットドラマ「CSI」のスピンオフ番組。ほかに「CSIマイアミ」もある。
わたしはこの「CSI:NY」が好きで欠かさず見ていた。

テーマソングとして使われているザ・フーというバンドの「Baba O'Riley」という曲も大好きだった。
ついにCDを見つけて買った。もちろんこの曲が入っている。

いよいよ全曲を聴いてみると――なんか違った。

ドラマのオープニングはせいぜい1分2分。
その長さに合わせて編集されていたほうが、冗長さがなくてよかった。

ふと聴いた一片のメロディが、やけに心を捉えることがある。
勢い込んで全曲聴いてみると、なぜか一片だけのときの感動が薄れてしまうことがある。

不思議なものだ。


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雲の彼方

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雲の彼方に落陽がある。

雲の向こうでオレンジ色が燃えている。

神秘は覆い隠されているけれど、
隠しきれない興亡の物語が洩れている。



雲の彼方/夕日


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受け皿

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海が夕日の受け皿となるべく、騒いでいる。

ざわめいている。

太陽は最後の光芒を放っていて、
まもなく沈もうとしている。

それを知っていて、海がざわめいている。



受け皿/夕日


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夕日の道

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夕日の道が海に浮かぶ。

オレンジ色の筋となって。

夕日の道が空に続く。



夕日の道/夕日


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憧れの大人像

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わたしには憧れの大人像があった。
子供の頃は、大人になりたいとは思わなくて、いつまでも子供でいられたらいいと思ったのだが、そうも言っていられない。
いつのまにか成人してしまったし、やがては本当の「大人」、つまり30代40代が嫌でもやってくるだろうと、覚悟を決めざるを得なくなった。

その頃には、いろいろなところからいろいろなイメージが集まるようになった。

マンガを読んでいて、「大人の女は決まった香りがある」というのに納得したり。
筋は忘れてしまったが、たぶん若い男に「いつも同じ香りだね」みたいなことを言われて、「あれこれいろんな香水を使うのは若い女のすること。大人のいい女は自分のトレードマークの決まった香りがあるものだ」みたいなことを言っていたのだと思う。

でも香水は高くて、あれこれ試して「自分の香り」というのを見つけるまでには至らなかった。
今は結局、手軽な価格の軽い香りのフレグランスを買うくらいしかしない。そういうレベルのものに「わたしの香り」も何もない。

年上の人がふと、「この年になるとにせものもつけられないじゃない?」とアクセサリーについて言うのも、聞いてなるほどと思った。
そうか、今はいいけれど、いつか大人な年齢になったら、アクセサリーも本物のダイヤ、本物の真珠を身につけなければならないのか。

でもそうすると、わたしはアクセサリー類をまったく身につけられないことになる。
人がしているアクセサリーを見て、「あれはにせものね!」「あれは本物だわ」という鑑識眼が自分にはないこともあって、「どうせそこまで見ている人はいない」と思うようになった。
結局、中途半端にお金を出すと、古くなっても捨てられないので、500円や1000円で売っているにせものネックレスなどを普段使いにしている。普段使いというのは、ほぼ毎日ということだ。誰かの披露宴というのでもなければ、それでいい。

にせものどころか、相当チープなにせものだ。

大人の女性になったら、着物をピシッと着こなして、街に出たり、観劇に行ったりしてみたいものだとも思っていた。
まずは安い着物を買って、着物に慣れて――そしてお茶などを習って、ついでに着付けを教えてもらう(そういう教室があると聞いたので)。

でも「安い着物を買って」で終わってしまった。ポリエステルの1万円程度のしろものだった。
「着物に慣れて」というほど着なかった。

思い返してみると、断片的ながら自分にも「こうなりたい」という大人の女性像があった。
しかし現実はというと、全然違っていた。
そしてそれを残念だと思う殊勝な気持ちもなくなってしまって、あまり不満もない。まあいいや、仕方ない、貧乏なんだから、と思っている。

こんなはずではなかったのだが、と思う。


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