夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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ヘンリー・D・ソロー

(『森の生活(ウォールデン)』 1854)



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  そのほかにわたしはひとさしの宝玉のように見える金色と銀色とにかがやいた銅色との魚の、得がたいひと漁を獲た。ああ! わたしは多くの最初の春の日の朝、あの牧草地に踏みこみ、高みから高みに、柳の根から柳の根へと跳びわたった。そのとき自然のままの河谷と森とは、もし死者がある人々の想像するようにその墓場で眠っているのだったら、それを目醒ましたであろうほど浄らかで明るい光をあびていた。これより強い、不死の証拠は不必要である。このような光のなかではすべての物は生きているにちがいない。おお、死よ、なんじの刺はいずこにありしや? おお、墓場よ、しからば、なんじの勝利はいずこにありしや?

  われわれの村における生活は、それを囲む、人の踏みこまぬ森や草原がなかったならば沈滞することであろう。われわれは荒野の強壮薬を必要とする―――時にゴイサギとバンがひそむ沼をかちわたって、シギの太い啼き声を聞き、もっと野性的で孤独な鳥だけが巣をかけ、黒イタチが地面に腹をすり寄せて這うところで、そよぐ菅の香をかがなければならぬ。すべてのものを探索し学び知ろうと熱心になると同時に、われわれは、すべてのものが神秘であり、探索しがたいことを、陸地と海とが見現に野性的で、未踏査で、測り知れないが故に、われわれによって測量されずにあることを要求する。われわれは決して自然をこれで十分というほどもつことはできない。われわれは無限の活力のすがた、巨大な超人的な光景―――難破船のうちあげられた海岸、生きている木、朽ちかかった木をもつ荒野、雷雲、三週間つづいて洪水を起こす雨―――によって元気づけられねばならぬ。われわれはわれわれ自身の限界が超えられるのを、われわれが決してふみ入らないところで何かの生き物が悠々と草をはむのを見る必要がある。われわれはわれわれを嫌悪させ落胆させる死屍をハゲタカがついばんで、この食事から健康と力とを引き出すのを見て元気づけられる。わたしの家に往く道に馬の死んだのがあってわたしは時々廻り道をさせられたが、自然の強い食欲とやぶることのできない健康との保証をそれによって示されてわたしは埋め合わせがされたのを感じた。わたしは自然がそんなに生き物にみたされていて、何万でも犠牲にされ、おたがいに取食うままにされる余裕があるのを見るのが好きだ―――軟らかい組織物が果肉のように平然と押しつぶされてほろぼされ―――オタマジャクシがアオサギに呑みこまれ、カメだのヒキガエルだのが道路で轢きころされ、時には肉と血が降る! 事故はとかく起こりやすいものであることをかんがえて、われわれはいかにそれを軽くあしらうかを悟らねばならない。賢い人にあたえられた感銘は全般的の無罪である。毒は結局有毒でなく、いかなる傷も致命傷ではない。同情はきわめて支持しがたい拠点である。それはその場その場のものでなければならない。その訴えは定型化されるに堪えないであろう。

  5月のはじめには、カシ、ヒッコリー、カエデ、その他の木が池のまわりの松林のなかで芽ぐみはじめて風景に日の光りのような明るさをあたえ、特に曇った日には太陽が霧をとおして洩れて丘の斜面のそこここにかすかに照っているようであった。5月3日か4日かにわたしは池のなかにカイツブリを見、この月の第1週にはヨタカ、トビイロツグミ、ヴィーリ、モリオオルリ、チウインク、その他の小鳥を聞いた。モリツグミはずっと前に聞いた。フィービーはすでにふたたびやってきて、わたしの家が、自分がすむのに十分洞穴のようだかどうかを見るために戸口や窓からのぞきこんだ。爪をまげ、つばさをはためかせて身をささえ、宙にういているようにしてあたりの様子を見わたしたのである。まもなくヤニマツの硫黄のような花粉が、池や岸にそうた小石や朽ち木をおおい、ひと樽もひろいあつめられそうであった。これらは話に聞く「硫黄の雨」である。かくして、だんだん高くのびる草のあいだにはいりこむように季節はめぐって夏に入るのであった。




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明るい季節

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それは明るい季節の開花。
強い寒さはもう一片もない。
強い暑さはまだ一片もない。

空も底抜けに陽気な青で、
緑は初々しい透き通った色で、
花はひらひらと花弁をはためかせる。




明るい季節/白


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街路樹

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これが何の花か分からない。

でも毎年楽しませてくれる白い花。

桜の後にやってくる、初夏の白い花。



街路樹/白


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青に白

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青空を、見事に白が埋め尽くす。
咲いたばかりの一点の曇りもない白。



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枝はしなり、花は見事に上を向く。
咲いたばかりの一点の曇りもない白。



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空にも白い雲がたなびく。
春の強い光は白熱している。

花は白く輝いている。
まだ一点の曇りもない白。




青に白/白


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白いフリルの水仙

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真っ白な水仙が、真っ白な光に照らされて、
透き通る緑の葉の中で、輝いている。

姿勢をスッと正して、花弁をスッと開いて、
春らしい可愛いフリルをつけて、輝いている。



白いフリルの水仙/白


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最後の白

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冬から続く、最後の白。

もうこの後は、春から生まれた新しい白が興隆する。



最後の白/白


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道 2

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道の先には何があるの?
覗いてみても分からない――隠されていて分からない。

そう思いながら覗きこんでみると、
先の先まで見渡せた。

ずっと先の、藪の中まで続いていて、
今は藪にも緑がないのだった。

枯れた冬には秘密がないのだった。
すべてを見せてくれるのだった。

すべてを見せると見せかけて、
実はひそかに、何ヶ月か先の芽生えを隠しているのだった。




道 2/枯れ冬


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冬枯れの小さな丘と、冬枯れの小さな野原の間に、
隠れるように道がある。

どこにつながっているのか、
こんなに広々、緑の勢いがなくなって、
先の先まで見通せるのに分からない。

行ってみないと分からない。




道/枯れ冬


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空間

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葉が落ちて、枝が露わになると分かる。

こんなに空間があったんだってこと。

こんなに隣と離れていたんだってこと。

夏には互いを邪魔するように見えたのに。

実はこんなふうに並んでいたんだってこと。




空間/枯れ冬


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青空

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枯れた冬も、青空のもとでは美しい。

静かに枯れる様子が美しい。

かさかさと枯れた音がするのも美しい。

枯れた冬も、晴れた光の中では美しい。



青空/枯れ冬


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ヘンリー・D・ソロー

(『森の生活(ウォールデン)』 1854)



 春が近づいたころ、わたしが坐って読んだり書いたりしているすぐ足もとの床下に二匹の赤リスが一度にはいりこんで、今まで聞いたことのないような不思議なしのび笑いとさえずりと越えの旋舞と喉をならす音とをつづけた。わたしが足を踏みならすと、なおさら声だかく、チュッチュッと啼き、かれらの気ちがいじみた悪ふざけにすべての恐れと敬意とを忘れ、人間の止めだてを馬鹿にしているふうであった。こらっ。やめろ―――チュッチュ―――チュッチュ。かれらはわたしの抗議に全然耳をかさず、あるいはその力を認めず、とめどのない悪口雑言の調べにふけるのであった。

  春の最初のスズメ! 一年は前よりもさらに若い希望ではじまるのだ!半ば露わになった湿った野のうえに聞えるアオコマドリ、ウタスズメ、アカバネからのかすかな銀のさえずりは冬の最後の雪ひらがこぼれおちて鳴るかのよう! そのようなとき、歴史は、年代学は、伝統は、そしてすべての書かれた啓示は何であろうか。小川は春への讃歌と歓びを歌う。牧草地のうえを低くとんでいるヌマタカは、目醒めた最初のぬるぬるした生き物をすでにあさっている。溶ける雪のしたたりおちる音はすべての谷あいに聞かれ、氷は池で解けいそいでいる。草は丘の斜面で春の炎のように燃えたっている―――「最初の雨にうながされて草ははじめて萌えそめる(原文ラテン語)」―――あたかも帰りきたる太陽にあいさつするために大地が内部の熱を送り出したかのように。その炎の色は黄色ではなく緑である。永久の青春の象徴である草の葉は長い緑のリボンのように土から夏のなかに流れ入る。一時は霜のために抑えられるがやがてまた押し出し、去年の枯草の穂を下なる新たな生命で持ちあげる。それは地面から水の流れがにじみ出るようにどんどんそだつ。それはほとんど水の流れとおなじものである。なぜならば茂りそだつ六月の日々、水の流れが涸れたときには草の葉がその水路となり、来る年々に家畜群はこの常緑の流れで飲み、草刈りは時期を失せずかれらの冬の飼料をそこから汲みこむのである。同様にわれわれ人間のいのちも根ぎわまで死ぬだけで、いつまでも永遠にその緑の葉をさし出すのである。

  ウォールデンはすみやかに解けつつある。北側と西側とに沿うては2ロッド幅の水路ができ、東のはじではそれがもっと広くなっている。大きな氷のひろがりが主体から欠けおちた。わたしは岸辺の茂みからウタスズメが歌っているのを聞く―――オリット、オリット、オリット―――チップ、チップ、チップ、チーチャー、―――チー、ウィス、ウィス、ウィス。彼も氷を割る手つだいをしているのである。氷のふちの大きくのびる曲線は何と見事なものだろう! それは岸のそれとある程度まで呼応しているが一層規則的である。それは先頃のきびしい、しかし一時的の寒さのために異常に堅く、宮殿の床のように一面の波紋状のつやを帯びている。しかし風はその不透明な表面のうえを東にむかって空しく滑り、その先に出はずれてはじめて生きた水面に達する。この日の光りにひらめく水のリボン―――内部の魚と岸の砂とのよろこびを語っているような愉しさと若さにみちた池の素顔、ウグイの鱗のように銀色をおびて、全体が一つの生きた魚のような水のかがやきを見るのはすばらしい。これが冬と春の対照である。死んでいたウォールデンが生きかえったのだ。しかし今年の春は、前にいったとおり、それはいつもより着々と解けたのである。

  嵐と冬とから晴れやかでおだやかな気候への変化、暗くもの倦い時間からかがやき、はずみのある時間への変化は、すべての物が宣告する記憶すべき危機である。それは結局は、見たところ瞬間的である。突然―――夕方が近いのに、そして冬の雪がまだ垂れさがっているのに、そして軒には霙のような雨がしたたりおちているのに―――光りのみなぎりがわたしの家をみたした。わたしは窓の外を見た、―――見たまえ! 昨日まで冷たい灰色の氷のあったところに今は澄んだ池があった―――すでに夏の夕べのようにおだやかに希望にみちて、そのふところに夏の夕空を映して―――それは頭上には見えないのだが、池がどこか遠い地平と消息を交したかのごとく。わたしは遠くにコマドリを聞いた。それは何千年ぶりで聞いたものであり、これから何千年ものあいだ忘れられないような気がした。むかしながらのうつくしく力づよい歌であった。おお、ニューイングランドの夏の日の終わる夕方のコマドリよ! 彼がとまっている小枝を見いだすことができたら! わたしはその彼を、その小枝を意味するのだ。これは少なくとも単にTurdus migratoriusの学名で代表される鳥ではないのだ。そんなに長いあいだうなだれていた、わたしの家のまわりのヤニマツや潅木カシは急にそれぞれの性格をとりもどし、雨によって十分に浄められ元気づけられたように、より明るく、より緑に、そしてよりまっ直に、より生き生きと見えた。わたしは雨がもうたしかにあがったことを知った。森のどの小枝を見ても、いや、薪の山を見てさえ、その冬が去ったかどうかがわかる。もっと暗くなってから、わたしは森のうえを低く飛びながら啼くガチョウの声におどろかされた。南の湖水から遅くたどりついた疲れた旅びとのように、そしてやっと心置きなく愚痴をこぼし、おたがいに慰めあうことができるといった態で。わたしは戸口に立ってかれらのせわしい羽ばたきを聞くことができた。かれらはわたしの家の方にむかって飛んできながら、突然わたしの灯を見つけると、抑えるような啼き声をたてて旋回し池に下り立った。わたしは家のなかにはいって戸を閉ざし、森のなかの最初の春の夜を過ごした。

  翌朝、わたしは戸口から霧をとおして、50ロッド沖合いの池の中ほどにガチョウどもが泳いでいるのをながめた。そんなに大きく、そしてしきりにさわぎ立てるのでウォールデンはかれらの遊楽のための人工の池かとおもわれた。けれどもわたしが岸まで出ると、かれらはたちまち、指揮官の合図のもとにおそろしい羽ばたきで舞いあがり、やがて隊列がととのうと、総数29羽がわたしの頭のうえを旋回し、それから指揮官の一定の間隔をおいた啼き声のもとにまっ直カナダを指して飛んで往ってしまった。もっと泥ぶかい池で朝めしにありつけることを信じつつ。一隊のカモも同時に飛び立って、かれらのさわがしい従兄弟たちの後を追いながら北への道を取った。



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積雪

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雪をのせて、枝が凍ったように伸びています。

冷たいけれど――
寒いけれど――

もうすぐなくなる装いなので、枝はじっと伸びています。



積雪/樹氷


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枝模様

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うねうね、ぐるぐる、空に張り出す桜の枝は、
春とは違う真っ白、枝模様。

桜の白は柔らかい白。
雪花の白は張りつめた白。

空を凛とさせています。



枝模様/樹氷


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陽光

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日当たりのいい場所は、もうほんのかすかな雪化粧。

つかの間の、消えてなくなる雪化粧。



陽光/樹氷


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雪花、爛漫

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一面、雪で着飾った木。
枝は白で覆われ、早くも滴をしたたらせ始めました。

今だけだから――
今を盛りと白の雪花。



雪花、爛漫/樹氷


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青に白

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雪が積もった翌朝は、青く冬晴れ、
樹氷が美しく映えています。

こんなことはそう毎年あるもんじゃないんです。



青に白/樹氷


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樹上の氷

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今だけの姿を見せる白い木々たち。

もうあと2時間もすれば、全部溶けて
茶色の枝に戻ってしまいます。



樹上の氷/樹氷


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白い枝

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並木道の木々が、
白く飾って立っています。

今日は白い葉をつけて、
白く光って立っています。



白い枝/樹氷


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小花

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青い空に白い小花。

小さな線香花火のように咲きました。




小花/樹氷


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