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夢の海

――すべてうつろうその果てに――

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闇に光を より

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闇に光を より

ヘレン・ケラー

(『Midstream』 1929)



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  庭木の中では常緑樹がいちばん好きであります。常緑樹というものは素直に人間の生活の中にはいってきてくれます。他の木といっしょに森の中にはえていた時の野生を捨てて、ただちに私たちの家族生活に調和し、私たちがその生長を阻むようなことをしても、じょうずに、しかも力強く、私たちを感化してくれます。いつ見ても美しく立っていて、私たちのうちにひそんでいる美徳を引き出してくれるようであります。

  私の庭の小径の片一方の側にはえている常緑樹は、私が彼らを知っていると同じように、私をもまた知っていてくれるようであります。私のそばを通るといつもその枝を手のように伸ばして、私をからかったり、髪の毛をひっぱったりします。世界じゅうが生命の香気に氾濫する春になると、うれしいニュースをいっぱい持った友だちのように私の方へ寄りかかってきます。何かしきりにいいたげな様子をするのですが、私にはよくわかりません。その木はみんなで、「なぜ人間というものは、水や風と同じように少しも一つところにじっとしていないのでしょう?」と話し合っているようであります。「第一、あれを見てごらんなさい。あのかたにしても花の中をあちらへ行ったり、こちらへ来たりして、まるで風に吹き散らされる蛾のようじゃありませんか」と、そのとがった小さな指を突き出していっております。

  もしも私にそのささやき、そのため息を測り知ることができたならば、私は常緑樹のもつ意識の奥所を測り知ることができるでありましょう。私は常緑樹というものが未来を予言するものであるかどうかということは知りませんが、過去を啓示するものであるということだけは、はっきりいえると思います。数世紀以前に起こった事柄でも、なぜ起こったか、またどんなふうにして起こったかということを告げることができると思います。そうして彼らの過去に横たわっていた永生の様子をも教えてくれることができるでありましょう。私は樹木の年輪に触れて見たことがあります。それは今日の生命に到達するまでに経過してきた生死の歳月を物語るものであります。なぜ、こんなにまで大空にあこがれるのでしょう?なぜ、こんなにまで大地にたいする義務に忠実で、目的に執着し、その魂は過去の思い出に吐息しているのでしょう?私がそばに立つと彼らはこういうのです、「あなたというものは過去から未来を通して不変のものです。あなたの中にあるすべての原子と感情とは、私たちと同じように永遠の昔に始まったもので、ついにはまた私たちとともに永遠の帰り行くべきものなのであります」

  私は世の中の不幸に思い悩んでいる時、常緑樹の間を逍遥すると、自ら心が和らんでくるのを覚えます。私は夜の間、霜にいためられた花が、朝になると茎の上に身じまいを正し、再びりりしい勇気をふるって大空を見上げる時のような感じに打たれるのであります。そして私は常緑樹の間を散歩している時には、いつも闇の中で不平をいわず、せっせと労苦している地中の根の歌を聞くような気がします。根というものは自分の咲かせた美しい花をけっして見ることのできない運命にあります。自分は一生闇の中に隠れていて、しかも光の花を咲かせるのが根なのであります。根は小さく、賤しいものですが、その花を開かせ、幹を生長せしめる力にいたっては偉大なものがあります。私は手を伸ばしてそれに触れることはできませんが、根をやはり愛します。

  緑の木立の間を歩いていると、雨に湿った風が吹いてきて、私の顔に斑点の薄化粧をつけて行きます。遠い国から楽しい思い出がわき起こってきて、目に見えない砂の上に砕ける大波のように吐息します。その思い出は私の胸奥に「ホーム」「南の国」「母」「父」というささやきの飛沫(しぶき)を送ります。私の心情は昔、私を抱擁してくれ、歩くことを教えてくれた懐かしい人々の手を求めてときめく暗がりの中を手さぐりするのです。あの時小さな、おぼつかない手でつづって教えてくれた言葉は、今思い出してもほほえまれます。その言葉は現実のもので、私は赤ん坊の妹が私の膝頭にすがりついているように感じるのであります。

  アラバマの暖かい風が私と長い歳月との間に吹いております。弟のフィリップが片言をいって、その幼なげな越えが私の指先を軽くたたいているようです。「ヘレンねえちゃん、お馬ごっこしてちょうだい」とでも。いまや幾星霜、時は過ぎ去りましたけれども、私の頬に感じた接吻と、スミレと、早なりの珍しいイチゴとを摘んできてくれた手との思い出は忘れずにおります。「古くなり、過ぎ去りしがゆえに美し」といったあらゆるものの懐かしさよ。ああジャスミンとバラとの香がして、モノマネ鳥が騒々しくパラダイスの門をたたいていたいたずらざかりの若き日よ!
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